2020/04/14

アニメック 1982年4月号 Vol.23


アニメック 1982年2月号 Vol.21から続く、「DAICONIII オープニング・アニメへの道」の第三回が掲載されている。


庵野さんが肉を食べられないという話に言及された初の文献かな。シイタケもダメ、だそうです。


「DAICONIII オープニング・アニメ」VHSのオマケ映像について。『じょうぶなタイヤ』と『へたな鉄砲も数打ちゃ当たる』も収録されてたのか……それは知らなかった。


ちなみに本号ではカラーページで「DAICONIII オープニング・アニメ」VHSのオマケ映像に関してもカラーページで紹介されている。



アニメージュ 1989年3月号 Vol.129


「アニメ人物CLIP」という、アニメーション業界の注目人物を特集する記事にて、庵野さんが特集されている。全1ページ。
帽子被ったまま写真に映る庵野さんは珍しいかも。

『トップをねらえ!』の第三巻発売前ということで、話もそれに向けた内容になっている。


トップのキャラクターについて。
「ユングやカシハラさんは、マンガを拡大コピーして美樹本晴彦さんに渡して『こういう感じ』にっていってデザインしてもらいました」
サラッとすごいこと言ってる。


「今の物語なんて聖書のパクリ」これは後のインタビューでもよく出してる。


「アニメというよりは邦画。たとえば岡本喜八みたいになると思います」
トップ第五話・最終話の絵コンテ作業時に岡本喜八監督作品にハマってたという背景を踏まえて読むべき部分。

アニメージュ 1989年12月号 Vol.138


翌年春から『ふしぎの海のナディア』のTV放送が始まるということもあり、ナディアと、ガイナックスそのものに関する特集が組まれている。ナディアの特集内に庵野さんのコメントあり。


赤井孝美氏がゼネラルプロダクツ・ガイナックスの様子を描いたものが掲載されている。当時のゼネプロとガイナの距離の近さが伺える資料。鶴巻さんもいる。


ナディアに関する庵野さんのコメント。当時29歳。
「黒澤明監督のモノクロ時代の映画のようなシビアなものが全然ない。」


そのほか、スタッフのコメントもある。


2020/04/09

新潮45 2017年7月号


養老孟司氏との対談記事が10ページ掲載。「鎌倉住み」「猫好き」「風呂が好きではない」が共通項らしい。


東京の無電柱化の流れに関して。電柱のある日本の景色の美しさについて語る庵野さん。
話の流れにない代官山という地名がいきなり出てきたのは、仕事場に向かうための家として一時期借りていた流れがあるからかも。


若年層の情報取得の傾向について語る庵野さん。プロデューサー・庵野秀明としての社会の見方を感じる部分。


「人の意図がない、それでいて、その光景の元は人がつくったもの」を美しいと感じると語る庵野さん。ヱヴァQのラストシーンなんか、まさにそんな要素な気がする。


『シン・ゴジラ』は海外では「受けない」とした上で、「ある程度の知性があって考え方に幅のある寛容な人でないと伝わらない」、「知性というのはきっと、外のものを受け入れられる寛容さのこと」と語っている部分。


最後に、養老氏がATACの活動を支援している事に触れつつ、『エヴァンゲリオン』を終わらせるまではアニメをやっていると語る庵野さん。

愛するあなた 恋するわたし: 萩尾望都 対談集 2000年代編


萩尾望都氏の対談集に、庵野さんとの対談も収録されている。

この本の初版は2014年ですが、対談自体は1999年。
2000年1月1日発行「鳩よ!」にて掲載されたものの再録。

萩尾望都氏の作品、『11人いる!』『百億の昼と千億の夜』『半神』について語る庵野さん。後に、好きな点として「登場人物が全員頭がいいところ、知能指数が高いから読んでいて気持ちがいいところ」としている。


「風呂敷をキレイにたたむだけじゃなくて、破るとか、ちぎるとかイロイロな方法がある」と語る庵野さん。


庵野さんの父子関係について。度々語られているところではあるが、父親について「いい人」「常識的な人」と語ってるのは割と珍しいかも?


男の場合は年齢が上がるごとに世界観にニヒリズムが出ると語り、その代表例として高畑勲氏を持ち出す庵野さん。「ニヒルは何も生まない」は割と強い言葉。


NHK「課外授業 ようこそ先輩 出会いをアニメで記録しよう」について語る庵野さん。
これも貴重な証言。

2020/04/04

芸大美大をめざす人へ No.156


美大受験のためのプレップ・マガジンということで、芸大美大を目指す読者を応援するメッセージを各クリエイターが送っている中に庵野さんが名を連ねている。



メッセージの前にはインタビュー記事も掲載。インタビュー内容は、芸大に進むまでの過程と、その後のキャリアアップについて。

ほとんどは既知の内容。英語について「勉強したほうが良かった」としているのは、作品作りの過程で必要になる場面が多くなっているからだろうか。


「才能がないと思ったら、すぐに別のところに行くほうがいい」「例えば、絵を売るのも立派な絵の仕事」とアドバイスする庵野さん。プロデューサー・庵野秀明の文脈がのっていますね。


最後に、読者へのメッセージ。

「不撓不屈」は、
  • ナディアの劇伴名
  • 東日本大震災への募金を呼びかけるイラストに寄せたメッセージ
  • 2012年、荏柄天神社 絵筆塚祭での庵野さんの行灯

でも使われている言葉。ナディアの劇伴「不撓不屈」はアレンジされてヱヴァQのヴンダー発進シークエンスにも使われてたりしますよね。近年の庵野さんの魂を表す言葉。
庵野さんがはっきりと「好きな言葉です。」と紹介しているのは初めてかな。

「アニメで世界を変えることはできないかもしれないけど、変えようとすることだけは、絶対やめずに続けてみようと。無駄かもしれないけど、そう決めています。」というメッセージもとても良い。

美術手帖 2004年6月号


digi+KISHIN(篠山紀信)氏と庵野さんの対談記事が掲載されている。
主として、「デジタルカメラで動画を撮影する」という文脈において互いの意見を交換している感じ。


庵野さんが実写を始めた文脈について、庵野さんの表現を引用して「被写体とのコミュニケーション願望」とするのはありだなぁと思った。


この対談前にdigi+KISHIN氏は『ラブ&ポップ』を鑑賞しているようで、話は同作の撮影に関しての話題に。

最初の「だからあれはね、庵野さんにとっては習作ですよ(笑)」とのコメントからはじまり、「魚眼レンズで撮ることでね、あなたのエッチ心が映像から削がれちゃってる」等、同氏の容赦ないツッコミが飛んでいる。

それに呼応する形で「魚眼レンズ入れとくとラク」「やっぱり、人間の目で見た映像が欲しくなった」「いやらしい感じは標準じゃないと出ない」との庵野さんの証言が出てて良い。

ちなみにdigi+KISHIN氏、ラストの渋谷川については「とてもよかった」とのこと。


話はdigi+KISHIN氏の息子さんが観た『花とアリス』へ。岩井俊二監督を「あなた(庵野さん)のお友達の」と表現した部分は笑った。

「前半はすごく良かったが、キャラ設定やストーリーといった意味や理由を前提とした撮影になると「映画」に収斂していってしまうのが苦手」と語るdigi+KISHIN氏。

それに対し、「映画でつらいのは、どこかでまとめなきゃいけないこと。そこでなにか純粋性が消えることはある」と返す庵野さん。この辺の文脈の行き着いた先が『監督失格』のプロデュースなのかなぁと思ったり。